元読売ジャイアンツ 一軍打撃コーチ 内田 順三さん

「V-Trainingを先んじて行い人を制す」

私が「スポーツビジョン」という言葉を知ったのは、今から36年も前の1986年のことです。当時、メジャーリーグのロイヤルズが取り入れていた「眼力」を出すという「スポーツビジョン」のトレーニングを、初めて紹介されたときは驚きました。

近年、動体視力や瞬間視という言葉もよく使われるようになってきて、野球をはじめスポーツには視力や視覚機能が重要だということが広く知られるようになりました。また身体のストレッチがあるように、眼の筋肉のストレッチも行われるようになりました。巨人の選手も、両手の親指を立てて交互に見るという「眼のストレッチ」を、試合前によく行っています。

しかし「スポーツビジョン」は、プロ野球でもその必要性や重要性が、完全に認められているとは言えません。なぜなら眼球を動かす速さや、瞬間的に見る力が「ビジョントレーニング」によって向上したと漠然と言われても、プロ野球ではコーチも選手も納得しないからです。なぜビジョントレーニングを行うのか、ビジョントレーニングを行うと、どのような成果があるのか、その裏付けとなる根拠がまず必要になるのです。

前述したロイヤルズでは、「眼で情報を得て、脳から自分の身体に伝える」という説明を最初に受けました。つまりロイヤルズでは、「ビジョントレーニング」は、眼の機能向上だけでなく、身体の動きをスムーズに行うためという目的をもって行われていたのです。その説明を受けたとき、身体の動きが向上すれば、野球の技術向上にも応用できるというイメージができて、スッと腑に落ちました。

ただしプロ選手達を納得させるためには、もう一段階上の確実な根拠が必要になります。例えば野球の打者が「ビジョントレーニング」を行って、瞬間的に見る力が向上して身体の対応が高まれば、変化球や苦手なコースへの対応も良くなる可能性があります。しかし可能性でなく、本当に見る力や身体の対応が向上したという結果を、数値データで記録して変化をしっかり捉えて行かなければ、いつまでも漠然とした伝え方しかできないので、選手も漠然とした捉え方しかできません。これでは、プロ選手は納得しないのです。

36年前はロイヤルズでさえ、様々な結果を数値で表示・記録できる測定器機はありませんでした。しかし現在は「スポーツビジョン」に関する多くの研究が行われていて、世界中でビジョントレーニングの専門器機が開発され、アメリカ空軍士官候補生が学んでいるUS Air Force Academy(USAFA)にまで導入されていると聞きます。

日本には「V-Training」があります。「スポーツビジョントレーニング」用に開発されたこの専用器機のトレーニングモードには、ビジョントレーニングを行うために開発された、眼と手/身体の協応動作、周辺部の感知力、瞬間視記憶など6つの専用プログラムがあります。それら全ての測定種目ごとに、トレーニング結果を数値で表示できて更に記録もできるので、視覚反応の変化や向上を客観的に把握することが可能です。そして肝心の自分の身体の動きにつなげるという、フィードバックも効果的に行うことができるでしょう。ここが、とても重要なポイントだと思います。

人よりも先に行動を起こせば、有利な立場に立つことができるという「先んずれば人を制す」という故事成語があります。「スポーツビジョントレーニング」は、スポーツトレーニングとしての歴史が浅く、未開の分野がまだ多くあります。だからこそ、人よりも先に行動を起こす価値があるとも言えます。V-Trainingを先んじて行って、人を制して欲しいと思います。

[内田順三プロフィール]

1947年生。静岡県出身。左投左打。東海大一高から駒澤大学へ進み、70年にドラフト8位でヤクルトへ入団。日ハムを経て、77年に広島へ移り、代打の切り札として活躍。82年の引退と同時にコーチに就任。以後、広島と巨人で交互に打撃コーチ、二軍監督などを務める。広島では正田耕三、金本知憲ら、巨人では松井秀喜や高橋由伸、阿部慎之助らの育成に携わった。2019年をもって、巨人コーチを勇退。日本スポーツビジョン協会 参与。著書に「スポーツビジョントレーニング 基礎と実践」(ブックハウスHD)、「二流が一流を育てる」(KADOKAWA)、「逆転の育成法」(廣済堂出版)ほか。

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